タイトル:覚醒前によくあるシチュエーション
先日、私が保有しているキオクシアホールディングス(285A)の含み益が、ついに1単元あたり1,000万円を突破した。
利益率に換算すると、なんと約5,000%(50倍)。
数字だけを見ると、自分でもまったく現実味が湧かない。なぜなら、私がこの銘柄に投じた元々の投資額は、わずか数十万円程度だったからだ。
投資を始めたばかりの未熟だった頃の自分に、「お前が今買った数十万円は、将来1,000万円以上に化けるぞ」と伝えても、おそらく鼻で笑って信じなかっただろう。株式投資の世界には、時にこうした常識を超える瞬間が存在する。
実際の保有画面。キオクシアの評価損益率は異次元の「+5,121.15%」を記録。
インデックス投資の「再現性」と、個別株の「爆発力」
もちろん、私は今でもインデックス投資を極めて高く評価している。
実際、私の新NISA口座の中心を担っているのは、全世界株式(オルカン)やNASDAQ100といった王道のインデックスファンドだ。
インデックス投資の最大の魅力は、圧倒的な「再現性の高さ」にある。
例えば、1,000万円というまとまった資金をインデックスに投資し、4年間で株価が2倍になれば、資産は2,000万円になる。特別な知識や企業分析を必要とせず、市場全体の成長を信じてコツコツと積み立てを続けるだけで、これだけの大きな資産を作ることができる。
一方で、個別株投資にはインデックス投資では絶対に味わえない、別次元の魅力とロジックがある。
今回のキオクシアのように、わずか20万円の元手が1,000万円近い評価額へと大化けする世界だ。これは市場平均に連動するインデックス投資では、まず経験することができない個別株ならではの醍醐味と言える。
【図解】インデックス投資(オルカン等)と個別株投資(AI関連・キオクシア等)の比較
しかし、個別株投資でこれだけの爆益を手にする裏には、常に付きまとう「ある強烈な悩み」が存在する。
それは、株価が上がれば上がるほど大きくなる、「そろそろ売った方がいいのではないか」という利確(利益確定)への誘惑だ。
投資家として最も後悔した「本当の経験」
実際、私は何度もその誘惑と戦ってきた。
- 含み益が100万円を超えた時も、利益を確定させるべきか悩んだ。
- 300万円を超えた時も、同じように考えた。
- 500万円を超えた時も、心が揺れた。
- そして、1,000万円を突破した今この瞬間も、頭の片隅で「売り時」について考えている。
しかし、結果として私はキオクシアの株を売らなかった。
その理由はいたって単純だ。私がこれまでの投資人生において、最も激しく後悔した経験は「損をした時」ではないからだ。
株価が下がることは日常茶飯事であり、時には含み損を抱えることもある。それは投資のリスクとして割り切れる。だが、私が本当に夜も眠れないほど悔しかったのは、次の経験だった。
「絶対に上がると思って注目していた銘柄を、買う勇気が出ずに見送った結果、その後株価が何倍にも大暴騰したとき」
「あの時、迷わず一歩を踏み出して買っておけばよかった」という後悔は、何年経っても消えることなく心に残り続ける。
だからこそ、キオクシアの売却を検討する際、私の脳裏をよぎるのは「今売れば大金が手に入る」という安心感ではない。「もし今ここで売って、この先さらに株価が上昇したらどうするのか」という、未来に対する強烈な恐怖だ。
仮に今すべての株を売却し、その後もキオクシアが成長を続けて株価がさらに上がったとしたら、私はおそらく同じ株数を買い戻すことはできない。心理的にも「かつて1単元20万円で買れたもの」が巨大な金額になっているのだから、手が出せなくなるのは当然だ。
つまり私にとって、明確な理由なき売却とは単なる「利益確定」ではなく、「その企業が持つ未来の可能性を自ら手放す行為」に他ならない。
ディズニー株の損切りで学んだ「自分との約束」
もちろん、私は「何があっても絶対に株を売らない頑固者」というわけではない。
実際、過去に明確な意志を持って、自ら損切り(売却)した銘柄もある。それがオリエンタルランド(東京ディズニーリゾートの運営会社)だ。
当初、私は「株主優待券が欲しい」という極めてシンプルな理由で同社の株を購入した。しかし、保有を続ける中で、自分の投資方針に変化が生じた。
「優待目的でこの資金を寝かせておくよりも、配当金をしっかり生み出してくれる『高配当株』に資金を回した方が、今の自分にとっては価値が高いのではないか」
そう気付いた瞬間、私は約20%の損失を出していたにもかかわらず、迷わず売却に踏み切った。一般的な投資のセオリーから見れば「失敗」と言われるかもしれないが、私は1ミリも後悔していない。なぜなら、「売却する理由が明確だった」からだ。
私が株を購入する時は、必ず自分自身と一つの約束を交わしている。
「その株を買った『最初の理由』が消えない限り、絶対に持ち続ける」
「株価が上がったから売る」「下がったから不安になって売る」という、目先の価格変動に振り回された判断はしない。チェックするのは常に「最初に自分が投資した根拠が、今も生きているかどうか」の1点だけだ。
オリエンタルランドは「投資した理由(優待の価値)」が自分の中で変わったから手放した。だから、その後の株価がどうなろうと完全に納得できている。
キオクシアをガチホし続ける、未来への仮説
では、現在のキオクシア(285A)はどうだろうか。結論から言えば、投資した理由は1ミリも消えていない。
世界的なAI市場の爆発的な拡大は、まだ始まったばかりだ。AIが進化し、世界中で処理されるデータ量が爆発的に増えれば、それを保存・処理するための「メモリ需要」は必然的に右肩上がりで増大していく。半導体業界はサイクルを繰り返しながらも、長期で見れば間違いなく世界を牽引する巨大な成長産業だ。
【図解】AI市場の爆発的普及からキオクシアが必要不可欠となる未来への連鎖図
もちろん、株価がこのまま一直線に上がり続けるとは微塵も思っていない。市況の悪化によって、現在の評価額が半額になるリスクだって十分に覚悟している。
実際、私は激しい値動きで知られるさくらインターネット(4740)も保有しているが、一時期の大暴落の際も「データセンター需要の拡大」という未来の仮説が崩れなかったため、一切動じずに持ち続けた。キオクシアに対するスタンスもこれと全く同じだ。
結論:新NISA時代における個別株投資の「価値」
これからも、私の資産形成の土台であり中心はインデックス投資であり続けるだろう。
しかし、新NISAの年間360万円という貴重な投資枠のうち、その一部は、これからも大好きな個別株投資のために使い続けたいと考えている。
それは、一攫千金のギャンブルを楽しみたいからではない。
自分で企業を徹底的に調べ、業界の未来を考え、自分なりの仮説を立てて市場に挑む。指示やセオリー通りに動くのではなく、自分の頭で考えた仮説が、何年後かに大きな現実となって返ってくる。その「知的で、エキサイティングな楽しさ」を、投資家としてずっと忘れたくないからだ。
キオクシアで達成した「含み益5,000%」という異次元の結果は、私にとって単なるお金の増加ではない。
株式投資を続けることの本当の面白さと、誘惑に打ち勝つ難しさ。その両方を教えてくれた、私の投資人生における最高の財産(経験)なのだ。
(おまけ)キオクシアへの愛と知識が限界を突破した結果……
【おまけ】キオクシア株の未来を完全に理解し、「氷結覚醒」してしまったこおりちゃん。

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